十牛図● その10
垂手
その10 入てん垂手 十牛図 序その10


胸を露にし足を(はだし)にしてに入り(きた)る。

土を抹し灰を塗って笑い(あぎと)に満つ。

神仙真の秘訣を用いず。

(じき)に枯れ木をして花を放って開かしむ。

   いよいよ十牛図の参究も最後の「入てん垂手(にってんすいしゅ)」となった。「てん」とは市場(いちば)のことで、そこへ垂手して(手をブラリと下げて)いかにも気ままに入ってくる。第一尋牛位から第九返本還源まで血みどろの修行の結果、頭の中はすっかりお掃除されて、仏道だの悟だの印可証明だのという観念は全く無くなってしまった。まして況んや自他の対立観念の痕跡もない。このような人の境涯はお釈迦様でも中を見ることはできない。

   そしてこの境地に達した人は、そういう高く深く静かな境涯にあるという素振りさえ見せない。かと言って昔の聖人や賢人の教えや行動の軌範を守ろうとも努めない。只自分の足の向くまま気の向くままに行動し生活するだけであるが、自づと軌範を踏み外すことがない。自由自在、天然無為にして、しかも障り無しと言った生活である。

   その自由自在、天然無為の生活振りの一例を挙げれば、酒の入った瓢箪を腰にぶら下げて市場に往き、酒をくみ交わしながら話をする。すっかり酔っぱらって家に帰る時は足許もおぼつかない。それでいて飲み屋や魚屋の亭主やお客を自然に感化して、皆そのまま救われていることを納得させてしまう。そういう徳力、感化力が自然に身に備ってくる。それは悟の中身がすっかり人格化されて、その痕跡をとどめない。即ち本人が完全に成仏しているからである。

   それでは廓庵禅師の最後の頌を味わうことにする。

胸を露にし足を(はだし)にしてに入り(きた)る。

   胸をさらけ出し、足は跣で靴も草履もはかないで、一人ヒョコヒョコと市に入ってくる。

   全く人の思惑や体裁を考えず、自分をはだかにして何のはからいも無く、行動し話をし手を差し伸べる。
   十牛図の第十段階の図は皆布袋(ほてい)さん(917年没の中国の禅僧)の画が描いてあるが、布袋さんはお腹が大きく胸をさらけて、大きな袋と杖を持って多分跣で歩いていた。弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身と言われる布袋さんの境地は正に入てん垂手の通りであったと思われる。

   我々の修行の目標もここにあるのであって、少しでも悟り臭いものがある間は、未だ未だ未完成未熟品であると自戒して修練を加える必要がある。

土を抹し灰を塗って笑い(あぎと)に満つ。

   さてこのような人になって始めて、灰頭土面と言って人が苦しんでいればその苦しんでいる人と一緒になって その人を救う働きが自然に出てくる。これはそうしてやろうとしてやるのではなく、そうしないではいられない慈悲心の現れとして出てくるのである。無縁同体の慈悲とはこのことを言うのである。

   お釈迦様は「すべての国土はこれ吾が有なり。その中の衆生はこれ吾が子なり。」と言われたというが、この境地に至って、その時その場で人をして成仏せしめる仕事が、ごく自然に毎日の仕事となる。

   こういう人は、何時も心が平静で平安であるから、「笑い腮に満つ」で何も笑おうとしなくても、ごく自然に口元がほころんでくる。天下太平とはこういう人の境地を言うのであろう。

神仙真の秘訣を用いず。

   こういう境地に至り、こういう生活ができれば、何も神秘的な仙人の神通力などは必要としない。

   古来坐禅修行を励んだ人の中には、その精神集中力錬磨の結果、いろいろな神通力を備えた方が沢山おられた。 お釈迦様も外道との法戦でこの神通力を自在にお使いになったこともあるが、これはあくまでも副産物であって、仏道修行の目的ではない。またそれができたとしても決して珍重することはしない。従って十牛図においても、これを珍重するどころか、必要ないことと明言しているわけである。

(じき)に枯れ木をして花を放って開かしむ。

   第十入てん垂手の境地に至った人は、枯れ木のように精神に生気が無くなった人にも、新たな生命を吹き込んで花を咲かせるような力を持つと言うのである。まさに「衆生無辺誓願度」の行願は仏菩薩の祈りであり願いであって、仏道修行の究極はこの外には無い。そしてその能力は万人に既に完全に与えられ備わっていることを、お釈迦様は宣言され実行され伝承されたのである。


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